葉たちのいた寺を後にして数日、三蔵一行は町に辿り着き、宿屋で休んでいた。
ここの町では宿屋が1件しかなく、間の悪いことに1人部屋の壁の補修を行っているということで、大部屋に泊まることになった。
この辺りでは個人で旅するよりも、商隊が通るほうが多いようで、5人が1つの部屋にいてもまだかなりの余裕があった。
また風呂も大浴場があるらしく、今日の客は5人だけだったため貸切になっていると宿の受付で聞いていた。
もっとも大浴場があると言われても、三蔵や悟浄がわざわざ一緒に風呂に入りたいと思うわけもなく、1人で広い風呂を満喫することとなった。
部屋で一服していた大人たちを置いて、悟空が最初に風呂に直行し、八戒とが買出しに出かけた。
2人が買出しから戻ってくると、ちょうど悟空が三蔵と入れ替わったらしく、がしがしとタオルで頭を拭いている悟空と、暇そうにビールを傾けている悟浄がいた。
「だだいま帰りました」
「悟浄、暇なら荷物の整理を手伝ってください」
「わぁーったよ」
だるそうに立ち上がると、の持っていた紙袋を持ち上げてテーブルの上に置き、八戒の言った通りに荷物を分類していく。
やることのなくなったが3人分のコーヒーと1人分のジュースを淹れ終わる頃には、荷物の整理がすんでいた。
「悟空はジュースでいいんですよね?」
「うん。サンキュ」
「お子様はコーヒーが飲めねーからな」
「誰が子供だよ!」
「コーヒーも飲めねえ猿に決まってんだろ」
「んだとお!!」
「まあまあ、2人とも。静かにしないと....」
「「しないと何だよ?」」
「のピコハンが狙いますよ」
「「「えっ!?」」」
八戒の言葉に思わずも驚くと、八戒が笑いながら問いかけた。
「あれ?狙わないんですか?」
「いえ、八戒が止めるなら出さなくてもいいかなぁと思ったんですけど...」
「僕もなら止めてくれるかなあと思ったんです」
「「いや、それもどうよ?」」
「何ですか?」
それはもうにっこりと笑って振り返る八戒に、悟空と悟浄が冷や汗をかきながら目をそらす。
「やっぱり八戒が止めたから必要ありませんでしたね」
「あはは、結果的にはそうなっちゃいましたね」
八戒の笑顔が見えていなかったが感心したように呟くと、八戒も笑顔を元に戻して振り返る。
その素早い笑顔の切り替えに、2人は小さくため息をついてそれぞれの飲み物に手を伸ばす。
悟空がジュースを一気に空けて一息つくと、ふと思い出したようにを見た。
「なあ、」
「?、何ですか?」
「どうやって妖気が分かるようになったんだ?」
「あ、そういや三蔵に教わったって言ってたよな?」
「そういえば言ってましたね。聞いてもいいですか?」
「別に構いませんよ。寺に寄る前に、割りと大きな町に立ち寄ったじゃないですか。その時に...」
がその状況を思い出しながら話し始めた。
寺に立ち寄る一週間ほど前、三蔵一行は大きな町に入ろうとしていた。
しかし、その手前に数十人ほどの集団が隠れていることに気づいたが、八戒に声をかけた。
「八戒、町の手前に20人くらいの隠れているみたいなんですけど」
「え?そうなんですか?」
「別に妖気は感じねーんだけど」
「、どのくらい先ですか?」
「500m程です」
「うーん...やっぱり感じねぇぞ?」
「まあ、行けば分かりますよ」
しばらく行くと、確かにの言った辺りで人影が飛び出してきた。
しかし、八戒たちが気づかなかったのもしょうがなかっただろう。
相手は妖怪ではなく、人間の追いはぎだったのだから。
普段大勢の妖怪を相手にしている三蔵一行が、人間の追いはぎにどうこう出来るはずもなく、あっさりと蹴散らして町へと入ることが出来た。
宿に着くと、荷物持ちに悟空と悟浄をつれて八戒が買い物に行き、残された2人が部屋で休んでいた。
タバコを咥えながら新聞に一通り目を通した三蔵がフッとに目を向ける。
「おい」
「はい?コーヒーですか?」
「ああ」
がコーヒーを入れてくると、三蔵が向かいの椅子に座るように眼で示す。
それに首を傾げながらもが椅子に座ると、三蔵はおもむろに口を開いた。
「『妖気』は妖怪の持つ気であり、人間および霊界の者が持つ気を『霊気』という」
「?」
「お前、その区別がついてねぇだろ?」
「ええ。一応見知った人のものであれば区別は出来ますけど。それはあくまで気配であって、妖気か霊気かを判断しているわけではありません」
「妖気と霊気は、基本的には同じような性質を持つ。それを持っているのが妖怪か人間かという違いが1番分かりやすい。だが、それだけでは分からねえだろう」
「はい」
「そもそも妖気にも霊気にも共通する特徴は......」
淡々と変わりない様子で説明していく三蔵の言葉を、は一言一句違えずに記憶していく。
説明としてはせいぜい10分ほどだったが、悟空なら間違いなく居眠りでもしていただろう学術的な内容だった。
八戒が聞いていたら、さすが最高僧なだけありますねと感心したかもしれないが。
わずか10分で説明された理論を元にセンサーのプログラムを組みかえるの前で、三蔵が冷めたコーヒーに眉をしかめる。
程なくしてプラグラムを組み替えたがそれに気づき、コーヒーを入れかえようと立ち上がったとき、何かに気づいて伸ばした手をぴたりと止めた。
それに一瞬いぶかしげな視線を三蔵が向けたが、すぐに驚いたような視線へと変わる。
「...呑みこみが早いな」
「そうですか?」
がそう言って首を傾げると、勢いよく部屋のドアが開かれた。
「三蔵一、行覚『ざくっ』...ぐぁお!!」
「なっ!!卑きょ『ざくざくざくざくざくざく』......」
入り口に7体の妖怪の死体が積みあがったのを呆れたように2人が見下ろすと、顔を見合わせた。
「...邪魔だな」
「邪魔ですね」
「片付けろ」
「分かりました」
三蔵の言葉に頷くと、『強制転送』を使って町の外に放り出すと、冷めたコーヒーを持って立ち上がった。
「と、まあ、こういうことがあったんですけど」
「ああ、それであの時ドアの前が血だらけだったんですね」
「ええ、ちょうど雑巾とバケツを取りに行っていたときに八戒が帰ってきたので、汚れたままだったんです」
微妙に着眼点の違う八戒に、悟浄が呆れたような眼を向ける。
「...いや、気にする所が違うだろ」
「だよなあ。三蔵が他人を誉めるとは思わねーもんな!」
「まあ、それもだけどよ。わざわざ、あの三蔵が事細かに説明するつーほうが想像つかねぇだろ」
「そういやそうだよな。たいてい自分で考えやがれ!で、終わりだし」
「ほんっとあの三蔵様もちゃんには甘いよなぁ」
「うーん、父親魂に目覚めたとか?」
「それをいうなら父性愛だろうが。以外に子煩悩なのかねぇ」
「ほぅ...誰がだ?」
後ろからかけられた低い声に、2人の笑いがピタッと止まる。
恐る恐る後ろを振り返ると、太い青筋を浮かべた三蔵が眼を吊り上げて2人を見下ろしていた。
「あ、さ、サンゾー...」
「よ、よう...お、おかえり」
「.........」
どもりながら話す2人を無言で見下ろす。
「えーと...と八戒は?」
「風呂だ」
「そ、そう」
「ど、どの辺から聞いてたか、お、お聞きしても...?」
「『俺が他人を誉めるとは』辺りからだな」
「「げっ!!」」
「誰が父親だ!!この馬鹿ども!!!」
「「ギャ ッ!!!!」」
部屋の壁に穴があけられているころ、大浴場ではと八戒がのんびりとお湯につかっていた。
あとがき
あや様、大変お待たせいたしました!
26000hitリクエストの、『(最遊記第七話で話した内容で)三蔵は妖気についてどのように教えたのか』でした。
気に入っていただければ幸いです。
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