「、来週から2週間デルタフロウに行くよ」
「デルタフロウ?...ああ、『銀狐』ですか」
はパソコンを操作して『銀狐』に関する情報を呼び出した。
『銀狐』
デルタフロウでのみ産出される青い宝石。宝石の中には銀が繊維状に入り込み、複雑な幾何学模様を形成している。
最も代表的なのは、大きさが10cmもある原石に『うずくまった狐』の形が見られるもので、この『銀狐』と言う名前の由来となった。
デルタフロウでは年に1度、この名前由来となった宝石を一般公開するとともに、その年に取れた原石及び『銀狐』を使った貴金属の販売を行うイベントが開かれる。
期間は2週間程度だが、世界各地からのべ2億人もの人たちが集まってくる。
がその情報を読み上げると、ビスケは嬉しそうに笑いながら頷いた。
「そう、そのイベントに行くんだわさ。しかし、相変わらず情報が早いわね」
「一応、ビスケさんとアサヒさんが興味のありそうなことはチェックしてますから」
「エライッ!!じゃあ、当然...」
「50億程度なら大丈夫ですよ」
「キャーv、最高!!さすが、あたしの愛弟子v」
抱きついて喜ぶビスケに、も笑顔になる。
ビスケに抱きつかれてるの横のパソコンには、デルタフロウ周辺の情報と出品される『銀狐』の情報が絶えず表示され続けている。
は興奮しているビスケから離れると、『銀狐』のリストを印刷したものをビスケに手渡す。
「表で出品されるのはこれ位ですね。裏のほうも調べますか?」
「今回はこれだけで良いわさ」
「分かりました..........ビスケさん」
「ん?何さ?」
パソコンの画面を見つめたまま話しかけるに、ビスケが首を傾げる。
「デルタフロウにいる間、少し1人で出かけてきても良いですか?」
「めずらしいわね。が自分からそんなこと言ってくるなんて...で?場所と理由は?」
「デルタフロウの郊外にブルネル湖に、ある人を訪ねてみようかと思いまして」
「何、が興味を示すような相手なわけ?」
「ええ、とても腕の良い薬屋さんらしいです」
「...薬屋だったら、薬草とか毒草に詳しそうよね?」
「はい、自分でも薬を作ってらっしゃるらしいです」
「なるほど、アサヒが興味持ちそうな話しだわね」
「はい」
「...マザコン」
「はい」
「......」
嫌味で言った言葉にもニコニコと嬉しそうに笑いながら頷くに、ビスケは大きなため息をついた。
デルタフロウのホテルでビスケと別れ、は1時間かけてブルネル湖のほとりへとやってきた。
湖のほとりには、周りの木々に隠れるようにして小さな家が建っていた。
はドアの前まで行くと、軽くノックをして声をかけた。
しかし、が声をかけても人が出てくる様子は無い。
(生体反応が中にあるということは、中にいらしゃるはずなんですが...)
コンコンコン
「すいませーん!」
は先ほどより大きな声で呼びかけたが、家も中からは物音ひとつしない。
(...そういえば、夜型だという情報がありましたね。でも、ビスケさんに夕食までに帰ると言いましたし...)
はしばらく考え込んだが、起きるまで呼びかければ良いかと思い、またドアをノックし始めた。
コンコンコンコンコンコンコン...
「御免下さーい!」
−10分経過−
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン...
「すいませーん!」
−30分経過−
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン...
「こんにちはぁ!」
−1時間経過−
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン...
「こんばんはぁ?」
−2時間経過−
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン...ガチャ
「こんばんは」
「...誰だ」
がドアをノックし続けること2時間、家の中からいかにも『寝起きです』といった感じで髪に寝癖をつけ、無精ひげを生やした30代前半の男が顔を出した。
「はじめまして。私は=です」
「...サジキールだ」
「はい、薬屋のサジキールさんですよね?」
「客か?」
「話を聞きに来ただけなので、お客さんとは言えないかもしれませんねぇ」
「あ?話?」
「はい。薬草や毒草について話を聞きに来たんですけど...今日はもう帰らないとダメですね」
「...今来たんじゃねぇのか?」
「2時間前に来ましたよ。ノックの音がしてたでしょう?」
「.........」
「聞こえなかったんですか?」
「...ああ」
「そうですか。今度来たときは別の方法を考えないとダメですねぇ」
目の前で『起こしかた』を考え出したをサジキールは変な奴だと思いながらも、店に何かあっては困るため、必要最低限のことを口に出した。
「...店の中にある薬には問題を起こすな」
「それじゃあ爆竹や煙玉はダメですね」
「.........」
「そうなると、気温と湿度が変わるものはダメですし...」
「.........(どういうことを考えてんだ?)」
ピピピピピピピピピピピピ...
突然、の携帯からアラームが鳴り響く。
はアラームを止め、時間を確認すると驚いたような顔になった。
「あ、もうこんな時間でしたか。それではお邪魔しました」
そう言ってサジキールに向かって一礼すると、は『強制転送』を使ってホテルへと帰って行った。
「...何だったんだ」
後の残されたサジキールは、のいた場所を眺めながらぽつりと呟いた。
次の日、サジキールの家まで来たは、『小さな蜜蜂 』で具現化した蜜蜂1000匹を家の中に送り込んだ。
しかし、1000匹の蜂の羽音が響く中、サジキールは1時間37分眠り続けた。
そのため、初日同様に少し話をしただけで終了した。
その次の日、ピッキングによって家の中に侵入したが直接サジキールを起こそうとしたが、寝ぼけたサジキールに布団の中に押さえ込まれた。
結局サジキールが起きたのが1時間48分後だったため、話はほとんど出来なかった。
さらに次の日、ドアの郵便受けから小型スピーカーを差し込み、ロックを大音量で流した。
今までの中では1番早く起きたが、それでも1時間22分かかった。
4日間で2人が会話を行った時間は、合計でわずか57分であった。
4日目を終え、ホテルに戻ってきたはビスケと共に買い物をしていた。
原石の競売に参加するためには、やはりそれなりの格好をして行かなければならないため、かなりの有名店をまわっていく。
は競売のとき男性体で行くことが決まっていたために、必要なものは割とすぐにそろったが、やはりビスケはかなり時間がかかった。
ドレス・靴・アクセサリー・バックと全てそろえ終え、今度は化粧品を見るために2人は移動していた。
通りを歩いていたの目に、ショーウインドウに飾られていたある商品が目に留まった。
は一言ビスケに断りを入れてから、その商品が飾られているショーウインドウを覗き込む。
商品の下に書かれている文を読んでしばらく考え込むと、はその商品を買うために店の中へと入っていた。
その翌日、再びサジキールの家まで来たは、昨日買ったものをセットして郵便受けに放り込む。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリ...!!
それを放り込んでから5分後、ドア越しに聞こえる予想以上の音量に、は耳を塞いでドアから離れる。
リリリリリリリリリリィ
音が鳴り出してから1分も立たないうちに、音は途切れドアがゆっくりと開いていく。
「...何だ...これは...」
「『目覚まし時計』です」
「......で?」
「?、で?」
「...何でこんなバカでっけぇ音の奴を選びやがった?」
「サジキールさんがなかなか起きないからです」
「.........」
心当たりがありすぎるサジキールは、の言葉に黙り込んだ。
これ以降、がサジキールを訪ねた際は、必ずこの目覚まし時計が使われることとなる。
なお、がこの目覚まし時計を買ったときの説明書きはというと...
音の大きさは大砲クラス!!
半径30mは音が響き渡ります。
騒音の元となりますので、完全防音の部屋か、周辺に民家のないお宅でお使い下さい。
また、枕元に置いておくと高い確率で鼓膜が破れますので、耳元から最低5m離してお使い下さい。
あとがき
悠さま、15500hitありがとうございました!
リクエストのサジキールさんとの出会い編でした。
気に入っていただけると、嬉しいです。
戻る