こじんまりとした店の中には、昼時にもかかわらず3人しかいない。

「98点ね」

「ありがとうございます」

目の前にあった彩りも栄養バランスも考えられた料理を食した女性が言った言葉に、はにっこりと笑って礼を言った。

の作った料理から2点引いた女性の名は薬師寺(やくしじ)涼子(りょうこ)という。

街を歩けば誰もが振り返るほど美しく、27歳にして階級は警視という、外も内も類希なる1級品を授かった女性だ。

ただし、『内』の中に性格は含まれなかったらしい。

それは彼女の異名にも表れている。

『ドラよけお涼』。

その由来は『ドラキュラもよけて通る』を略したものだ。

「泉田さんはいかがでしたか?」

「美味しかったですよ」

「ありがとうございます」

そんな彼女の我侭でここまで連れてこられた憐れな部下の名を泉田(いずみだ)準一郎(じゅんいちろう)という。

年齢は33歳、階級は警部補、いわゆるノンキャリアにしては昇進が早かった。

ごくごく稀にではあるが、お涼の物騒な思惑を安全な方へと誘導できる貴重な人物である。

本人にその自覚があるかは定かではないが...

さて、何故そんな2人が暇つぶし(・・・・)と趣味を兼ねた店(収入は他で得ている)にいるのかというと、ただの偶然だったりする。

偶々新しいメニューを考える為に店を休みにしたら、偶々薬師寺警視から電話がかかってきて、収入源となっている仕事を頼まれ、偶々仕込みが終わったところだったので、ちょうどいいから意見を聞こうと店に呼んだ...という状況である。

「涼子さん。あとの2点分は『食後のデザートとお茶』と言うことでよろしいですか?」

「あら、ちゃんと分かったのね」

あでやかに笑って言った涼子に、は笑みで答えた。

「お茶の種類は任せていただいてもよろしいですか?」

「ええ」

「お願いします」

は軽く会釈すると、音をたてずに席を立ち、厨房へと歩いて行った。

5分ほどして戻ってきたが押しているワゴンの上には、真っ白な杏仁豆腐と鮮やかなオレンジ色のマンゴーがまるで花のようにガラスの器に盛られていた。

デザートに合わせたらしく、お茶も中国緑茶を選んでいる。

2人に前に杏仁豆腐を置き、優雅な手つきでお茶を淹れながら、まるで世間話でもするかのように穏やかな口調で言った。

「8人が一瞬で細切れにされた事件に関する情報でしたよね?」

これを聞いた泉田警部補はギョッと目を向いた。

わずか半日前に起こった事件の内容は、警察内部でもほとんど知らされていない。

実際に『遺体が一瞬で細切れにされた』と知っているのは、その場に居合わせた2人と、その管轄の警察官の一部だけだろう。

上司が話したのかと思い、泉田が視線を向けた。

涼子はその視線に咎めるものを感じて口を尖らせた。

「このことに関しては何も言ってないわよ」

「ええ、涼子さんからは何も聞いていませんよ。私が個人で調べただけですから」

「しかし、個人で調べられるようなものでは...」

「リュシエンヌだってこれくらいできるわよ」

「それじゃ...ハッキングってことですか!?」

「『犯罪ですよ』なんて言わないでよね。私のところまで情報をよこさない管轄の人たちが悪いんだから。ホントに日本の縦割りって能率が悪いんだから」

前に泉田は、事件に関わった涼子を暴走するティラノサウルスと評したことがあったが、今は食料(じょうほう)不足で暴走が悪化しているようだ。

「リュシエンヌも日本語が出来ないわけじゃないけど、やっぱりフランス語や英語の方が得意だし。国内の、特に裏側に関することなら『イレブン』に頼んだ方が早いのよ」

「『イレブン』って...あの!?」

「そう、あの『イレブン』よ。本名は。一応日本国籍らしいけど」

「あのと言われるほどお仕事はしていませんが、多少一般の方よりは裏のことに詳しいと自負しています」

にっこりと微笑み、優雅にお茶を飲みながら話すに、泉田は何とも言えない顔になった。










あとがき

リハビリその2です。

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